昭和50年08月21日 朝の御理解



 御理解 第81節
 「氏子、十里の坂を九里半登っても、安心してはならぬぞ。十里を登り切って向こうへおりたら、それで安心じゃ。気を緩めると、すぐに後へもどるぞ。」

 九里半登ってあと半道と云う所一番辛い、一番きつい所だと思うです。山登りなんかしてから、もうすぐそこへ峠が見えておると言う所辺りに参りますと、もう愈々息も切れんばかりであります。そこでその九里半登っても、そこでやれやれと言うてはならん、そこの後半道の所を大事に本気で取り組んでいかなければいけない。
 昨日吉井の波多野さんが、毎朝ああしてお参りになります。中々女ながらも教学派の方です。中々頭がいいです。ですから御理解を頂いて、分かる事も非常によく分かって。もう毎日毎日がです、ここでお届けをされますのに、もう本当に今日の御理解の深さ広さに恐れ入ってしまいます、そういうお届けを何時もなさいます。そして分からないところは、必ずまたお伺いになります。そういう意味で沢山書き溜めておられると云う事では、まあ第一人者だと思います。
 昨日はこう言う事をお伺いされました。「親先主、業と言う事はどう言う事でしょうか」仏教でいうあの業です。さあ私も学問が無いから業と言う事がどう言う事かは分からん、特に仏教から出た言葉等は実にそれが深遠ですから、その説明は大変な事だろうと思うのです。よく私は業が深いとよく言うでしょう、あの業です。だから、もうただ業が深いと云う風に言うだけであって、その業と言う事はどう言う事かと言われると私も実はその説明に困ったんです。
 そうだねえ業というのはお道でいうなら、めぐりとでもいおうかいうならばめぐりが深いとこう言う。けれども仏教で言う業というのは、そのくらいの事じゃない。もっと色々複雑な深い意味があろうごとある。というてまあ説明を致しておりましたが。仏教ではその業というものは、人間のいうならば性と申しますですね、人間の性です人間の性。言うならば性の悲しさ、是が人間の性というものであろうか、そういう性と言う様なものも、業の中にはいっておる。
 仏教の言葉でいう因縁と言う様なものもあるであろう。けれどもそういう一つの性、惟はどうにも出来ないもの、業というものは人間が一生かろうていかなければならないものだから、この世では仕方がないから、愈々仏への帰依を有難く頂き、帰依さして貰うてあの世では極楽へいく手立てをしておかなければならんというのが、いうなら仏教なのだ。所が御道でいう巡りにも匹敵しないだろうけれども、そう言う意味で業と言う。巡りというのはその巡りが矢張り、その巡りがそのまま難儀を形成している。 
 けれども金光大神の説かれる所の巡りというのは、私共の信心いかんによっては、お取り払いを頂く事が出来る。だからそういう意味で業というのとは、だいぶん違って来るのです。巡りのお取り払いを頂く、例えばそれは人間の悲しい性とまで言われる様な、思われる様な物まで、変えて行く事が出来るのが御道の信心です。女癖の悪い人が本当に信心をしておって、こんな事でよかろう筈がないとこう思うでしょう。
 それを悲しいと思うそれが性です。それこそ自分の好きな女がここにおったら、手がガタガタ震える手ださなおられん、悲しい性です。けれども金光大神の御取次を頂いて、そこん所の御繰り合わせを頂いて、神様の御力を頂いてそこをおかげを頂いて参りますと、そういう悲しい性もとれて来る。又はこれは一生持って行かなければならないものではなくて、仕方がないからあの世てんなんてん言うのではなくて、この世ですっきりおがげを頂いて行くだけではなくて、そのおかげで信心が出来ます。
 おかげで力を受けました、徳を受けましたと言う事が出来るというのです。そして私は波多野さんに、そういうせつめいをしてこう言う事を聞いて貰うた。これは業ですね神様のお知らせを頂きますと、この与えるという字を略して書いてご覧なさい。数字の5をかいて一の字を引いたのが、これ与えるという字ですね。与えるこれは以前に私が頂いた御理解なんですけれども、その業もこれを引いたら5から一を引いたら与える事になる、与えられるのです。
 これは自分の悲しい性だ、自分の業だと思うておる様な、例えば苦しい事私はそこん所が、九里半登ったらと言う所じゃなかろうか、そこん所をいい加減にしておるから、後の半道の所で、言うならば力も受けられない、巡りの取り払いも頂けない、ただ悲しいこれが人間の性だと言うておらなきゃならん。私はここの今日は九里半登っても、後の半道の所を登ったら峠に着くんですから、そして向こうへ下りたら安心じゃと仰る、向こうへ下りたら後は楽なんです。例えば後の半道はそれこそきついでしょう。
 愈々きついでしょう、もう息が切れんばかりにきついでしょう。けれどもそれは今めぐりと闘っているんだ、業と闘っているんだと思うたらいいです。だからこれはめぐりが、十の力ならです、正しい信心が十の力をもってするなら正と邪ですから、絶対正の方が勝たなければならない法則があるです。例えば悪魔が悪魔なんていう言葉は妥当でないですね、金光教では。
 けれど分かりやすく言うなら、悪魔の力が五十であり正しいものの力が五十であるならば、五十と五十なら絶対、正しいものが勝たんなんごとなっとるです世の中は。けれども正しいものが五十で、めぐりが六十であるなら矢張り正しくないもの、めぐりからでも押しまくられてしまう事になるのです。そういう時にガタガタ手がふるうごとある時です。ここは手を出しちゃでけんと思うたっちゃ、めぐりに負けて結局手を出す事になる訳です。これは人間の性分だからと言うたら、信心はそれまでです。
 その性分を変えて行こうと言う所に徳が受けられ、力が受けられ言うなら九里半までは、大抵のものは登るけれども、あとの半道の所で例えば昨日の御理解をいうなら、ここまでで、おかげは受けられるけれども、それが徳にはならない力にはならないと言う事です。咋日この夏の御大祭に鹿児島から、御参りになっておられたお婆さんがおられます。そして昨日あちらへ帰られました。
 あちらである教会に御神縁を頂かれて、それは熱心な事毎朝、朝の御祈念に参ってみえて、皆が御取次を終ってしまうまで、そこん所へちゃんと座って、一人一人の御取次を頂かれて、一口の御理解も聞き洩らすまいと、最後までおられるがんばられる。いかに御理解に飢えておられるかと言う事が分かります。この方は「おかげの泉」だけで、もうたまがる様なおかげを受けておられるお婆さんです。
 今度また御本部参拝をさせて頂くのが楽しみというのが、帰りにまたここに寄れるのが楽しみと言うて、昨日帰られました。それが色々疑問がある所を色々お伺いをされる。昨日も、帰りかかっとられましたけれども、先生もう一つすみませんけれども、忘れとりましたというてからお伺いにみえたのです。実は御商売をさせて頂いておりますから、丁度今日は月次祭という時に、さあ今から出かけようとしている時に、お客さんがみえます。そういう時に心は迷います。
 心は千々に砕けて、心は御広前に行っとるんですけれども、お客さんどうにもしょうがない。それを御取次を願われる先生に、お尋ねをなさったら「そう言う事に、そんなに引っ掛らん方が良いですよ」とこう言われた。所が引っ掛って、引っ掛って仕方がないというのです。私は信心を求め抜いている人は、そういう引っ掛らんで良いと言う事は、どだい割り切っているからです、それで良いと思うているからです。
 だからそれで良い、引っかからんが良いですよでは、おかげも引っかからんから、矢張りおかげはそれで頂くでしょう。 けれども、昨日の御理解でいうと、おかげは頂かれても、力を頂く為には、それから先を大事にしなければいけないですよ。だからそれがもし私なら、私の過去の信心を言うならば、私の場合は、「すみません。今日は、ちょっと金光様のお月次祭ですから、今からここで、あれしよりますと、時間をきりますから、すみませんこの次にして下さい。」というて、私ならそれをおして出て来ます。これは私の流儀です。
 だから引っ掛らんがよい、でそれでおかげは受けられるれども、それは徳にはならない。昨日の御理解がおかげを受ける信心、徳を受ける信心と言う事でしたから、私はそこんところをはっきり言うならばですね、そういうもんですよ。「それで胸がすっきりしました」。と云う様な意味の事を言われたんです。ときに私がいただきます事が、「雨の降る日は、おじゃるなというに、濡れておじゃればなお可愛い」という、これは鹿児島のおはら節の文句ですよね。
 矢張り鹿児島の方ですから鹿児島の歌で御理解を頂いたんだと思います。「雨の降る日はおじゃるなというに。」そげんおうちがいそがしかりゃ、来なさらんでん良かと言うても、それでも、それを押して出て来るならば、神様がよろこんでくださらないはずがないです、また先生が喜んで下さらないはずがないです。この雨降りにあなた出て来なさらんでん良かったとにと言うても、濡れながらでも出て来るなら、それこそなお可愛いという情は募るばかりです。
 「はあ、その御理解を頂いて、なおはっきり分かりました」。というて帰られた。今日の九里半登っても、と言う所でぐずぐずしているのは、それには引っ掛らんで済む、そこはさらっと受けていく。楽です峠まで登らんでん良いから。けれどもそれでは、峠を極めたそして向こうに降りたら安心のおかげとか、峠を極めたという力にも徳にもならない事が分かるでしょう。
 いかに九里半から峠までが大事かが分かるでしょう。昨夜は菊栄会でした。かならず文男さんが足揉みに来てくれますから、私は待っとったけれども待てども待てども、来ませんもん。もうやがて一時になりました。それからこちらに出てまいりましたら、ようやく皆が帰りよるとこでした。それから高橋さんと東さんと三人で、夕べは霊様の部屋に参りましたから、まあ私も結局起きあがって、そして丁度ここに出らせて頂くまで、信心話をさせてもらいました。
 今合楽は大きく変ろうとしておる。先日から頂きます様に言うならばスモカという歯磨がありますが、言うならば愛好者だけの歯磨き、いうならば煙草喫みだけの歯磨ではなくて、大きな言わばライオン歯磨的な信心に、変わろうと今しておる言うならば、大衆にアピールする信心にならなければならない。好きな人だけは合楽はこたえんごつ良いというけれども、以外な人は色々非難すると言った様な事であってはならない。
 もう誰からでも愛される合楽、理解して貰えれる合楽にならなければならんから、今までの様な行き方から、一段ここに飛躍しなければならない。特に菊栄会といえば、ここの幹部の中でも、いよいよある意味で力を持っているというか、私の信心も大体体得しておるという人達ばっかりの集いですから、あんた方がそういう意味での、先頭を受け賜って貰わなければならんから、というお話を色々させて貰ました。中に私はこう言う事を文男さんに話しました。
 文男さん先日から学生会の時に、あちらの長女が今大学に行っております。ですから大学生ばかりの会が、今度発会いたしました。そん時に午前中に色々な信心に対する疑問点と言った様なものを全部用紙に書いて、それを若先生に提出して、それを若先生が色々と説明をしておる。けれども中々説明が充分にいってなかったから、午後の一時から四時まで、私がその学生諸君の疑問点に答える話をさせて頂きました。
 中にあちらの娘が書いておる事が、こう言う事を書いておるんです「うちのお父さんは、ああして人から文男先生、文男先生とまで言われるお父さんが、どうして朝参りをしないのですか。」と書いておるです。人から先生、先生といわれる人が例えば合楽にお参りさせて頂くと、一時の御祈念夏の修行の時にです、もうそれこそ割れんばかりの修業があって、自分達はお母さんと何ベんか参って来とる。にも関らずお父さんは何故参らんとですか。惟には返事のしようがなかった訳です、若先生が。
 しかし痛い所を突いてるなあと私は思いました。お父さんの信心に対する疑問なんです。それで私がそれに対する説明をさせて貰ました。そうねこの頃からね、富久信会の時にあんたのお父さんがこう言う事を発表しよった。正義さんの信心に対して、文男さんの信心が、正義さんは受けての商売、するとあんた方のお父さんは、外へ出てからの言うならば外商である。出る時には必ず御神前に、御祈念をさして貰うて自分の心の中に、今日は右の方今日は左の方と。
 どことあてもないけれども、自分の心の赴くまま言うならば、心の神様が右左と示して下さるところへやらせて頂く。おかげで商売は繁盛しておる。たまには足を棒にふると言う事があって、今日は一反の反物も売れなかったという時もあろうけれども、御神意のままに、自分の心の赴くままに、動いていっているのであるから、今日は良い修行をさせて頂いたというて、御神前に額ずかせて頂いて、お礼を言うておる。お父さんが例えば帰って来て。今日は商いがなかったからというて。
 あんた達に当たり散らす様な事はするまいが。あんた方のお父さんが一遍だって腹を立てた事がなかろうが。あれは神様を何時も心の中に頂き縫いておるからだよというて、説明しました。だから、そこまでの信心を頂いたら、あれでよいのだというのです。そこで今日の御理解からいうと、それで充分おかげは受られるのだけれども、教の御理解から言うと娘が言うておる様に、もう半道と言う所を登って、極めてそして下らして頂くという信心が、文男さんにはまだ残っておるんだと言う事です。
 それこそあの親鸞聖人様と三代吉さんのお話ではないですけれども毎日、毎日参って来る毎日、毎日親鸞聖人様のお話を楽しみに頂に来る。だからあんまり信心信心というて、ぼうけたごつ参って来たら、家の仕事も出来んごつあるから、そげん参る事はいらんと言わっしゃった。そしたら三代吉さんが答えて曰くに「落ちるこの身は、十八願のうちと思えば危げはなし」と答えたというのです。
 親鸞聖人もびっくりされた。自分の話を聞いて、ようもここまでも悟りを開いておると言う事は素晴らしい、親鸞聖人様の信心を把握しておる。文男先生の信心はそこまで私の信心を把握しておる。だからそこまでの信心を頂いておるならばです、なおさら参って来る事はいらんぞと言わっしゃった。例えば親鸞聖人様のお話を頂きながら、それがよし、地獄におちても、そこは十八願いうなら如来様のお心の世界に、地獄もそこの中にあるんだと言う事です。天地の親神様の懐の中にあるんだと言う事です。
 言うなら親先生の話を頂いて、もし地獄道に落ちるならそれもいとわんと言う所までの信心を把握しておるのです「落ちるこの身は十八願のうちと思えば危げはなし」と答えたその三代吉に対してです。もうそこ迄も信心を極めているなら愈々もって参って来る事はいらんぞと言われた。そしたら三代吉さん、又それに答えて曰く「親様のことを思えば、うちにじっとはしておられません。」と仰った。
 親様と言う事は親鸞聖人様が毎日、こうやって難儀な氏子の為に御苦労して下さっておるのだから、その事を思うたら家にはじっとしてはおられんという信心が例えば、これからの文男さんの信心にかけられたら、素晴らしい事であろう。峠も極めるであろう、又向こうへ降りた安心の境地も開けて来るであろうというのです。口で言えばお話でいえば、それだけなんですけれども、そこん所のふん切りというのは、中々着けられないのです。けれどもこの半道この半道の力、この力の時にです。
 自分の性も変える程しのおかげの頂ける所だと私は思うです。自分のめぐりの御取り払いの愈々頂ける時だと私は思うです。そこん所がです「くるなといわれても濡れておじゃればなお可愛い」という神様の働きが、それから先に頂ける、それを神様の御信用、それをいうならば御神徳というのではなかろうかと思います。九里半登ってそして、油断をしておるとあとへもどるというのは、例えばこれを文男さんの例をとるなら、文男さん自身は、後に戻る様な事はないでしょう。
 後へ戻ると言う事は、信心がもとの所へ下ってしまうと言う事は、そんならもし是が子供やら家内やら、子孫に伝えていく程しの、信心が出来て行く事の為には、九里半までの信心じゃ、おぼつかない。向こうへ降りて安心のおかげを頂いて御徳を受けて、その御徳があの世にも持っていかれれば、子孫にも残ると言われるのですから、信心の本当の意味での継承は、この峠を極めるそして向こうへ下りると言う程しの所までいった時が始て、それで安心じゃと言う事になるのじゃないでしょうかね。
   どうぞ。